ブログ

もっとバリアフリーな施設作りを

障害があっても、のんびり温泉に入りたい。そのように考えている障害者は多いと思う。
しかし、実際は宿泊施設や入浴施設のバリアフリー対応が十分でないために、旅行や入浴施設の利用を諦めてしまうケースがある。

私には重度の視覚障害と肢体不自由の重複障害がある。視覚障害の程度は未熟児網膜症により右目は失明、左目にも重度の視力障害と視野障害があり、文字の読み書きには点字を使っている。肢体不自由の程度は脳性麻痺による運動機能障害により、左手と左足が不自由である。そのため車椅子を利用し、介助者を同伴して外出している。

小学生時代は、学校の長期休みに盲学校に通っている幼なじみの家族同士で集まって、温泉旅行に行ったり、夏休みにプールに遊びに行ったりしていた。小学校低学年の頃は母親の介助で大浴場に入ることができていたが(親子とも女性用浴場を利用)、小学5年頃になると、さすがに男性の障害者を女性の浴場に入れて介助するのは難しいという話になった。

ホテルの従業員に母たちが、「視覚障害や肢体不自由の息子たちと泊まるのですが、息子たちが大浴場に入るときに、介助をお願いできませんか?」と交渉しても、「介護経験があるスタッフがおりませんので、万一息子様がけがをされた場合に責任がとれません」と言われ、介助を断られてしまった。

そこで、母子家庭の我が家のために、友人のお父さんに、わざわざ仕事を休んで旅行の介助に来てもらった。家族用に貸し切れない入浴施設では、障害者と同性の介助者が確保できないと、このような困りごとが発生するのである。

大学2年生の夏休み、私は家族旅行に行った。いつもは別荘でのんびりするのだが、そのときは温泉に入りたい気分になった。そこで伊豆熱川の貸し切り露天風呂がある日帰り温泉に行った。前述のとおり、私の家庭は母子家庭であるため、必然的に介助者が異性になるからだ。

家族向けの貸し切り露天風呂があるのはありがたいと考えて、いざ温泉に向かった。ところが…、残念ながらその考えが甘かった。露天風呂の貸し切り時間が1組40分ほどに設定されていて、温泉でのんびりしている余裕がなかったのだ。初めて使う入浴施設なので視覚障害と肢体不自由がある私には更衣室の脱衣かごの場所がわからなかったり、座り慣れていない着替え用の椅子ではバランス(座位保持)を保つことが難しかったり、浴槽の段差や躓きそうな物を目で見られないので慎重に歩いたりしたので動作に時間がかかり、温泉でまったりする精神的な余裕がなかったのだ。

宿泊施設でも、バリアフリー化に力を注いでいる所は少しずつ増えてきている。ホテルや旅館の一部ではユニバーサルルームなどの名称で、車椅子で過ごしやすい広いスペースを確保し、入り口のドアも引き戸、ユニットバスも車椅子対応に広くなった部屋もある。

京王プラザホテルに泊まった全盲の友人からは、「バスアメニティを触って区別できるようにシャンプーには輪ゴムを2本、コンディショナーには輪ゴムを1本、ボディソープには輪ゴムを付けないという風にしたうえで、ボトルの蓋に点字シールも貼ってくれたよ。それから、ビュッフェスタイルの食事のときに、スタッフさんが料理の取り分けを手伝ってくれたので、スタッフさんには申し訳ないなと思いつつも、楽しく食事ができたよ。」という話を聞いた。

このような障害者対応のサービスは、障害者本人のためにも、介助者の負担を軽減させるためにも、もっとたくさん必要だと感じている。

このエッセイについて

このエッセイは、SNSで好感度が上がる文章の書き方サロン「ふみサロ」の10回目のレクチャーを受講する際に作成した物です。

今回読んだ本

障害者が直面する壁

はじめに

 3月26日、SNSで好感度が上がる文章の書き方サロン「ふみサロ」の定例会に参加しました。

 今回は芥川龍之介の短編小説『白』を題材に、エッセイを書こうというお題でした。

 障害のある人が健常者と同じ結果を出すために、過剰なエネルギーを要求されてしまうことについて、エッセイにまとめてみました。


障害とパフォーマンス

 障害者が健常者と同じ結果を出すために、ものすごいパフォーマンスを発揮し、努力を要求されてしまうことがある。まるで、主人公の白が茶色い犬を助けたときのような猛烈なエネルギーを投入しているようなイメージである。

 私には重度の視覚障害と肢体不自由の重複障害がある。視覚障害の程度は未熟児網膜症により右目は失明、左目にも重度の視力障害と視野障害があり、日常の文字の読み書きには点字を使っている。肢体不自由の程度は脳性麻痺による運動機能障害があり、主に左手と左足が不自由である。そのため、外出時には車椅子を使っている。

 私は10年前に大学院の入試を受けたとき、猛烈なパフォーマンスを要求される経験をした。大学の学部を卒業した後、半年間の浪人生活を経て、首都大学東京(東京都立大学)大学院 人文科学研究科 社会行動学専攻 社会福祉学教室の入試を受験した。冒頭でも書いたように、私には視覚障害(点字使用)と肢体不自由障害がある。そのため、点字の問題文を用意していただくとともに、試験時間を健常者の1.6倍に延長してもらって受験した。この結果、4時間50分に及ぶ英語の筆記試験と4時間10分ほどの社会福祉学の専門知識科目の筆記試験を受験することになった。

 試験当日は結果を出して合格したいという思いが強かった。気合いを入れて試験に臨み、体力が持たなくなってしまったのだ。

 当日のスケジュールは8時30分に控え室に集合、9時から13時48分まで英語、14時40分から18時16分まで専門知識科目の試験という、長丁場の試験だった。

 試験時間が長かったことによる疲労感と英語の試験の後半から肢体不自由障害に伴い手足の筋肉が過剰に緊張して強い力が入り続けたことが重なり両肘がしびれ、指先の感覚がなくなり、点字の問題文を読むのが難しくなった。それでもなんとか、できる限り答案を書こうと努力したが、専門知識科目の試験が終わって、試験室から出たときには、ヘトヘトだったのを覚えている。

 試験の結果は残念ながら不合格になってしまった。だが、精一杯努力して不合格になったので、自分の目標はある程度まで達成できたことにして、次の進路を考えることにしたのだ。

 バリアフリーの意識が高まるなど、障害者に対する理解は進みつつある。だが一方で、一般企業や一般学校に障害者が在籍している環境で、健常者と同じ結果を出そうとして、疲弊してしまう障害者がいることも事実なのだ。

 私は、ここまで障害者が無理をせず、のびのび生きていける社会が実現してほしいと願っている。そのために、私はこのブログ等で障害者がおかれている現状などを紹介したり、私自身の体験をアウトプットしたりして、少しでも障害があるご本人や、支援者の方に役立つ情報をお届けするなど、少しずつ活動していきたいと考えている。

鉄道の音と私

 私にとっての「夏の音」といえば、小学生時代、夏休みの家族旅行で乗った電車の音である。特に私にとって「音」は特別な意味がある。

 私には視覚障害と肢体不自由の重複障害がある。視覚障害の程度は未熟児網膜症により右目は失明、左目にも重度の視力障害と視野障害がある。
肢体不自由障害の程度は脳性麻痺による運動機能障害があり、外出時には車椅子を使っている。

 私はものごころついたころから「鉄道オタク」だった。私は鉄道オタクのなかでも、「音鉄」(おとてつ)と呼ばれる、電車の走行音を聴いて楽しむオタクである。少なくとも幼稚園生の頃、盲学校に通い始めた頃から電車の走行音(モーター音)が車種ごとに違うことに気づいて、まだコンコースにいるのにホームに入ってきた電車の音を聴いて車両形式を言い当てたり、どこ駅の何番線の発車ベルはどんな音だったかを覚えることができていたほどのオタク少年だった。ちなみに大人になった今でも、鉄道オタクである。

 そんな私の夏休みの楽しみと言えば、「旅行に行くとき、どんな電車に乗れるのか」だった。ただ電車に乗るだけでは飽き足らず、ポータブルテープレコーダーで電車内やホームの音をひたすら録音し、後から録音した電車の音を聴きまくって楽しんでいた。

 ここまでどっぷりと音鉄になったのは、なぜだろうか。その理由は、私が視覚情報を使えないというハンディを補うため、聴覚情報を頼りにして行動しているからだと考える。

 そして、小学生時代は盲学校に通うために電車通学をしていた私が、なぜ夏休みの旅行先で乗る電車の音を聴いて楽しんでいたのだろうか。単純に、いつも聴けない電車の走行音が聴けて嬉しかったからだと思う。特に有料の特急電車はめったに乗らないので、
「ご乗車の際は、普通乗車券の他に特急券が必要です」
などの案内放送が、いつもとは違う特別な空間にいるような雰囲気を醸し出しているように感じたのかもしれない。

 この本に登場する、電車で旅行しているシーンをきっかけに、自分が幼い頃から、どのように音と向き合ってきたのかを考えるきっかけを見つけられた。


このエッセイについて

このエッセイは、SNSで好感度が上がる文章の書き方サロン「ふみサロ」の8回目のレクチャーを受講する際に作成した物です。

今回読んだ本

今ある持ち手で、どうするのか

前回のブログで「視覚障害者なりの『やることリスト』管理法」を紹介し、私が通っている文章書き方教室で、この記事の元になった原稿を発表した。

 

そのときに、ブランディングプロデューサーの後藤勇人先生から、「河和さんはほしい結果を出すために、自分の今ある持ち手でどうするのか、という発想をするのが素晴らしいですね」という、コメントをいただいた。

そこで、そのような発想をするきっかけとなったことは、何なんだろうと考えてみた。

 

小学 3年生のとき、盲学校で私の担任だった先生がこんなことを言っていた。

「君たちはできないことが多くあるように感じるかもしれないけれど、工夫次第でできることは増やせるよ。目で見ることが難しければ手で見る、耳で見る、足の裏で見るというようにいろいろな方法で見るという考え方を持ちなさい。」

私は当時、この考え方はとても衝撃的に感じたことを覚えている。理由は簡単で、「見る」といえば目で見ることだと思い込んでいたからだ。

結果的にこの先生の教えが今の私の行動につながっているのだと思う。

障害を負った人は、いかに残された身体機能を使って、ないものを補うか考えられるかがポイントになる。

例えば普通の文字(墨字)が読めなければ点字を使ったり(=手で読む)、パソコンやスマートフォンの読み上げ機能を使ったり(=耳で読む)すればよい。

身体に障害があって、立って歩けなければ車椅子や歩行器という道具を使って歩けばよいのだ。実際に車椅子利用者のことを「チェアウォーカー」と呼ぶ人もいる。

上のような発想で、私たちは生活しているし、社会にもそういう発想がもっと浸透していってほしいと思う。

 

ビブリオエッセイ Vol.3

はじめに

1024日、SNSで好感度が上がる文章の書き方サロン「ふみサロ」の4回目のレクチャーを受講しました。「ふみサロ」の案内サイトや、読んだ本の販売サイト等へのリンクはページ最後「この記事の関連リンク」にまとめて記載します。

今回読んだ本は、後藤勇人先生が書かれた『結果を出し続ける人が朝やること―――一流の人は朝が違う。』です。

この本の中で紹介されている「朝のワーク」を、視覚障害がある私がやり方を工夫しながら実践した様子をまとめてみました。

視覚障害者なりの「やることリスト」管理法

この本はビジネスで成功している人たち、結果を出し続けている人たちが実践している朝の使い方のなかから、より効率的で効果の高いものが紹介されている。

この本の中で、後藤先生は「今日やるべきことをすべて書き出し、常に目に入る場所に貼る」という作業を紹介している。

確かにこのワークをすることで、その日やるべきことが明確になり、作業効率が上がりそうだ。

このワークを見たとき、視覚障害と肢体不自由の重複障害がある私がこの作業をするには、どのようにしたらよいか、考え込んでしまった。

点字では紙の管理が大変だし、普通の文字で手書きなんてできない。パソコンで入力しても、メモが見返せるのはパソコンが起動しているときだけなので、目が見える人の言う「常に目に入る」と同じ効果は得にくそうだ。

いろいろと考えて私が出した答えは、「スマートフォンを使って、やることリストを管理する」という方法だ。クラウドに保存できるメモアプリを使えば、職場のパソコンとも同期できる。

パソコンがない所でやることメモを確認したくなったら、スマートフォンを使えばよい。

どちらの端末を使っても、画面読み上げソフトが入力したメモを読み上げてくれるので、「視覚障害」というハンディは克服できる。

ということで、私は「OneNote」というメモアプリを活用して、やることリストを管理し始めた。具体的には、朝起きた後、今日やるべきことを入力して、その日達成できたタスクから順に、メイン画面から消すようにした。

この方法を実践することによって、今自分が抱えている作業がどれぐらいあるかがはっきりわかるので、仕事に追われないで済みそうだなと感じている。

【お断り】

あくまで今回紹介した内容は、視覚障害というハンディキャップを補うために、私が思いついたタスク管理法である。

また視覚障害者の方であっても、自分にとってやりやすい方法でタスク管理すればよい。つまり、スマートフォンに固執しないでもよいと考える。

たとえば点字PDA(ブレイルメモやブレールセンスシリーズ)を使い慣れている方であれば、点字PDAにタスク管理用の文書ファイルを作って管理してもよいだろう。

この記事の関連リンク

ビブリオエッセイ Vol.2

9月26日、SNSで好感度が上がる文章の書き方サロン「ふみサロ」の3回目のレクチャーを受講しました。「ふみサロ」の案内サイトや、読んだ本の販売サイト等へのリンクはページ最後「この記事の関連リンク」にまとめて記載します。

感動させない読みと感動させる読み

斉藤ゆき子先生が書かれた「奇跡の朗読教室 人生を変えた21の話」を読んだ。この本を読むまで私は、朗読に「人を動かす力」があるとは思ってもいなかった。耳でも本を読んでいるはずなのに…。

私は重度の視覚障害と肢体不自由の重複障害がある。

視覚障害の程度は未熟児網膜症により右目は失明、左目にも重度の視力障害と視野障害がある。日常の文字の読み書きは点字を使っている。

重度の視覚障害者が通常の活字本を読む手段には、点訳《てんやく》してもらって読む、音声訳《おんせいやく》(音訳《おんやく》と略すこともある)してもらって読む方法がある。

点訳は活字から点字に翻訳することなので、健常者には想像できるかもしれないが、音訳は、朗読と異なる要素が何点かある。

中でも音訳が朗読と大きく違う点は、視覚障害がある読者に筆者の意図や登場人物の台詞の意図を想像させるために、あえて音訳者は朗読劇のように演じないでよむことだ。学生が教師に教科書を読むように指示されて、しぶしぶ読んでいるようなイメージで、抑揚をつけずに読むことが推奨されている。

「なぜ、自分は人日本を読んでもらっても、さほど感動しなかったのか」と考えて出た答えは、音訳と朗読の概念の差なのだということに気づいた。

さらにこの本を読んで感動したのは、朗読によって生徒さんの感情がとてもよい方向に変わったことだ。

不安神経症で、人前で何かをやるときは緊張で気分が悪くなってしまうほどだったチロママが、人前で発表することに慣れて、前向きな性格に代わった話や、朗読ライブがきっかけに、「話すときは一方的に話すのではなく、相手の心を意識して話す」ということに初めて気づいた川原さんの話などが特に印象に残った。

これまで朗読は、聴衆を感動させることに重きが置かれていると思っていたが、朗読者自身の価値観をも変化させてしまう、すごい力を持っていることがよくわかった。機会があれば「朗読ライブ」に出かけてみたいと思った。

この記事の関連リンク

ビブリオエッセイ Vol.1

8月22日、SNSで好感度が上がる文章の書き方サロン「ふみサロ」の2回目のレクチャーを受講しました。「ふみサロ」の案内サイトや、読んだ本の販売サイト等へのリンクはページ最後「この記事の関連リンク」にまとめて記載します。

今回読んだ本は、後藤勇人先生が書かれた「女性が仕事で夢を叶える! 心磨き7レッスン」です。

この本は「夢を叶えるために頑張っているが、なかなか夢に辿り着かない夢追い女子に、最短で成功や夢を手に入れる」ための心磨きを施すというコンセプトで書かれています。

私がこの本から得た気づきを、エッセイとしてまとめてみました。


「想定外をつぶす」ことの大事さ

私がこの本を読んで感じたことは、最悪な事態が起こったときに備えて、「すべての想定外を潰す」ことが、いかに大事かということだ。

私は介助能力が低いヘルパーさんに介助を受けるという経験から、いかに後藤先生の教えが大事かを学んだ。

私は重度の視覚障害と肢体不自由の重複障害がある。視覚障害の程度は右目の視力は全くなく、左目はテレフォンカードの使用済みの穴から、1.5m先の景色がわかる程度である。

肢体不自由障害の程度は脳性麻痺による運動機能障害のため、外出時には車椅子を使っている。

このような障害を抱えているため、通院や仕事以外の外出には介護ヘルパーをつけている。

2年ほど前から、ヘルパーAさんにお世話になっているが、このAさん、「ド」がつくほどの方向音痴で、仕事の要領が悪い一方、手順が決められた仕事なら、本当に真面目にこなせるのである。そんなAさんに外出介助でお世話になったのだが、Aさんの要領の悪さに起因するトラブルが次々に起こった。

あるときはAさんが道に迷って、目的地まで10分程度で着ける場所に40分かかってしまった。このときAさんは周りを見ていなかったうえ、動く物を目印にして歩いていたのだ。

またあるときは、病院で私が車椅子の位置がわからず立ち止まっていたところ、Aさんが車椅子の肘掛けに手を導いて場所を教えてくれた。だが、なんと私の車椅子から2歩も後ろにいる状態で手を導いたため、バランスを崩して倒れそうになった。様子を見ていた主治医が「河和さん、あと2歩前です」と声をかけてくださり、倒れずに済んだ。こんなトラブルが四六時中発生したのだ。

そこで私は、Aさんの外出介助中に起こりうる、想定外のリスクをピックアップして介助マニュアルを作り、Aさんに手渡した。

後藤先生の教えがこのような形で役に立つとは思わなかったが、実体験を通して、想定外をなくすことの大事さを痛感させられた。


補足

視覚障害者を椅子に誘導するときは、介助者が視覚障害者の手を椅子の背もたれに触れさせる(背もたれのない椅子の場合は座面に視覚障害者の手を触れさせる)。

車椅子を使用する視覚障害者には、肘掛けに手を触れさせることで車椅子に近づいたことがわかるうえ、車椅子に移乗する動作も安全に行える。


この記事の関連リンク

文章の書き方塾に入りました

私は7月から、「ふみサロ」という、SNSで好感度が上がる文章の書き方教室に入塾しました。

「ふみサロ」の案内ページへのリンクは、ページ最後の「この記事の関連リンク」に記載しています。

なぜ、そんな塾に入ったのか?

私は障害をお持ちの方向けのパソコン教室の経営をしています。

経営者という立場なのにブログもメルマガもまともに発行していないなんて、本来はおかしいのです。いや、おかしいことはわかっていました。

正直に告白すると…、実は情報発信をすることにとても臆病になっていました。

私が起業する前に所属していたメーリングリストの中に、投稿者のバッシングなどで炎上してしまい、居心地の悪いメーリングリストがありました。

そのメーリングリストには文章のてにおはについて事細かく指摘している参加者がいました。

そういう投稿を読んでいるうちに、「自分も、SNSで発信した文章について散々ダメ出しされるのでは?」と考えるようになり、文章が書けなくなってしまったのです。

それでも、なんとかその状況(自分が文章を発信できない)は改善したいと考えていました。

そんなときに出会ったのが「ふみサロ」だったのです。

Zoomで参加できることがメリットに…

私は当ブログのプロフィールでもお伝えしているとおり、視覚障害と肢体不自由の二重障害があります。

従来は会場に出向いて受講するのが当たり前でしたが、「この教室はZoomというWeb会議用のアプリを使って、インターネット経由で参加することも可能」と書いてありました。

重度視覚障害+車椅子使用者が夜間帯に渋谷の会場に行くというのは、かなりハードルが高いことですが、Zoomなら自宅からパソコンやスマートフォンで参加すればよいわけです。

つまり、「会場に行けない」というバリアはなくすことができると考えました。

「ふみサロ」ですること

この塾では、毎月1冊、課題図書を読み、その本からエッセイを書いていくということをします。

「書いたエッセイは自分のブログにアップしなさい」ということなので、当ブログに私のビブリオエッセイ(本を読んで書いたエッセイ)をアップしていきます。

この記事の関連リンク

ふみサロ! SNSで人気が出る文章の書き方サロン!

初めての投稿と自己紹介

初めまして。河和 旦(かわ ただし)です。

覚障害と肢体不自由の二重障害を持ちながら、障害者向けのパソコン教室の経営、福祉入門講座の講師などをしています。

プロフィール

河和 旦の写真

極小未熟児として仮死状態で生まれ、生後3日目には肺炎で危篤状態になる。その後敗血症、水頭症を発症し髄膜炎になり肢体不自由に。生後1ヶ月で未熟児網膜症の手術を受けるが右目は失明、左目にも重度の視力障害/視野障害が残る。

外出時には介助者を同伴し車椅子を利用している。

2歳から普通保育園に入園。小学校は筑波大学付属盲学校に通いながら視覚障害を補うための教育を受けつつ(点字の習得や弱視者用補助具の活用法等)、地元の普通小学校に通い、障害者と健常者が対等にコミュニケーションをとるためのスキルを習得する。

中学/高校/大学は一般の学校で学び、2008年3月に首都大学東京(東京都立大学)都市教養学部都市教養学科 卒業(専攻は社会福祉学)。

障害があっても「働きながら、人の役に立ちたい」という思いから2013年に株式会社ふくろうアシストを設立し、障害者向けIT関連機器の販売や操作指導、サポート業務を行っている。

このほか、学生を対象にした福祉体験授業の講師や、自治体のバリアフリーマップ作成等に協力している。