「父滅」でも、物足りなさを感じなかった理由

私は母子家庭で育ったのだが、父親がいなくても「物足りない」と感じることがなかった。

父と母は、「子供が生まれたら、結婚しよう」と決めて、妊活を始めた。ところが、私が仮死状態で生まれ、かつ生後3日で肺炎を患い、危篤状態になった。このとき主治医は父に
「息子さんに80%の確率で、身体障害が残ります」
と宣告した。その事実を知った父方の両親は、母との結婚を認めなかったのだという。
それでも母は「これで、この子を私が自由に育てられるわ」と思ったそうだ。

小学5年生のときに、母から父のことを聞かされ、
「あなたが望むなら、お父さんに会わせてあげるけど、どうする?」と言われた。私が「お父さんはどうしてるの?」と聞くと、「もしかしたら結婚して、子供がいるかもしれないよ。」と母は答えた。それを聞いて、私は
「ふ~ん。それならどうせ、他人なんでしょ。だったら会わなくていいよ。」と言って、会わなかった。そこまで私は、父親がいないことに違和感をもたなかった。

どうして私が、「父親不在」であっても、物足りないと感じなかったのだろうか。これまでの生活を振り返って、母が父性を持ち合わせた性格だったことと、祖父母が母性を持ち合わせた性格だったからだということがわかってきた。

子供のころ、私の母は常識的にしてはいけないことをすると、父親のごとく「いけない!」「やめなさい!」と制したり、ときには、身体をたたいたりして、一括された時もあった。そのあとで、なぜ、叱ったのかを説明して、子供が納得するようなしかり方をしていた。

祖父は、定期的に聖路加国際病院に通院していた。通院の帰りには、わざわざ銀座三越まで行って、私が好きな冷や奴を買ってきてくれた。

「旦(ただし)の大好きな冷や奴、買ってきたぞ。」
と言いながら、私がおいしそうに冷や奴を食べているところを見るのが好きだったようだ。悪いことをして叱る母と対照的に、祖父母は無条件に甘えさせてくれた。

結局、「父滅」という状況でも、社会に適応できる人とできない人がいるというのは、子供時代に父親や母親と同じ役割の大人と出会えるかどうかで決まるのかもしれない。


このエッセイについて

上記のエッセイは、オンラインエッセイ教室「ふみサロ」の合評会に提出する際に作成した物です。

ふみサロでは、毎回課題図書が与えられ、与えられた本を題材にしたエッセイを書きます。

今回の課題図書は、樺沢紫苑著「父滅の刃~消えた父親はどこへ アニメ・映画の心理分析~」でした。

今回は、自分が母子家庭で育ったにもかかわらず、物足りなさを感じなかったため、何を書いてよいかわからない状態からスタートしました。

そこで、今まで家族とどのように過ごしていたかを振り返りながら、エッセイ形式にまとめました。

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